最先端の服を着て、ハイブランドのバッグを持つ。
そうすれば周りから尊敬され、好かれ、自分の価値が高まるだろう。
私はずっと、そんな風に思っていました。
実際ブランドバッグを持ったりブランド品を身につけたりすると幸せな気分になって、自分には価値があるという感覚もありました。
ブランド品をたくさん持っている友人もいて、私も彼女たちに追いつきたくて次から次へと服を買い続けました。
この考えは10代の頃からです。
なぜ多くのもの、多くの承認、多くの実績、多くの注目が欲しかったのか?
幸せになるためには本当に多くの承認や達成感が必要なのか?

今回は幸せについて掘り下げていきます。
今43歳である私がこれまで生きてきた中で気づいた「幸せ」についての考えをご紹介していきますね。

幸せになるにはブランド品や洋服を持たないとダメ?
私も20代の頃はたくさんのブランド品を持っていました。
ブランド品を持っている自分に価値を感じてたし、それを持っていないと周りに馴染めない。
誰も私を認めてくれないと思っていたからです。
例えばSNSを見ると高級なバッグを持っている人も多く、それがさも普通のように見えます。
無意識にそう思い込んでいました。
でも、それって本当に自分が欲しいものだったのでしょうか?
答えは、ノーでした。
幸せのために多くのモノはいらない
もちろん自分が心から欲しいと思うものを買うのは悪いことではありません。
でも
- 他人から認められたいから
- みんなが持ってるから
- 自分を証明したいから
という理由だけで手に入れるのは、幸せにはつながらないと気づきました。
「あの人が買っているから私も買う」
そういう決断はやめましょう。
幸せになることにたくさんのモノや実績、承認は必要ない。
すでに私たちには価値があり、そのままで十分だということに改めて気づく必要があります。
私が考える幸せは「自由であること」
ではモノに頼らないで幸せになるって…どうすれば幸せになれるのでしょうか?
私が考える幸せは「自由であること」です。
これは“時間が自由”という意味ではありません。
そう考えてしまうと
「大富豪やお金持ちの人しか当てはまらない、自分は違う」
と思いがちですがそうではありません。
私が言う自由とは「自分らしくいられる状態で過ごせる時間」を指しています。
例えば
- 好きな服を着て
- 好きな場所に行って
- 好きなことに熱中する
そして他人の目を気にせず、自分らしくいる。
そうした自由な行動が私にとって「幸せの形」です。
もう一つ言うと自分の夢や目標に向かうことも「幸せ」だと思います。
あなたにも自分の夢があると思います。
その夢を人から馬鹿にされることを恐れたり、人の意見に左右されて諦めてしまっていませんか?
人からどう思われるか気にするのはやめて、自分の夢に向かってやりたいことをやりましょう。
自分で何をやるか選択できることも幸せです。
例えば朝起きた後は何をするか?
ちょっと早く起きて散歩するのもいいし、カフェに寄ってみるのもいいですね。
時間がたくさんあるなら朝からたっぷり運動することもできます。
好きなことをするためには、ある程度のお金が必要だという意見もあります。

ですが有り余るほどのお金が必要ではなく、自分のやりたいことができるくらいの経済的な自由があれば十分だと思います。
それよりある程度のお金があって自分のやりたいことができている方が絶対楽しいし毎日充実するし、幸せになれると思うんですよね。
そういった
「好きなことをして自分らしくいられる状態で過ごせる時間」
のある自由さが、私にとって「幸せの形」です。
ありのままを受け入れることで幸せを感じられるようになった
心から幸せを感じたいと思っても外見のことで幸せから遠ざかっていませんか?
もっと可愛かったら、もっと美人だったら、もっと背が高かったら、もっとスタイルが良かったら…

体型や顔のつくりもそうですが、年齢とともにシワやシミなども気になってきます。
鏡を見るたびにうんざり。
今より気持ちが楽になると思いませんか?
SNSを見るときれいな女性がたくさんいますよね。
私も以前は彼女たちを追いかけていました。
きれいな肌、きれいな髪、完璧な体型など…
ですが追えば追うほど息が詰まる思いがするんです。
ここで少し私の昔話をご紹介します。
私は親戚の中で初めての孫でした。
「可愛い」という言葉もたくさんかけてくれました。
そして自分でも可愛い、十分そのままでいいと思っていました。
それはそのまま性格にも反映されていて、明るく活発でよく笑い、学校にも友達がたくさんいるような子供でした。
ですが成長するにつれて自分の容姿にひどく苦しみ始めたんです。
きっかけは小学6年生の時に転校した学校で受けたいじめでした。
いろいろな言葉を浴びせられる中、容姿に関わる言葉も数多くありました。
私は小学生の頃から身長が高かったんですよね。
いじめの中で背の高さのことも言われたため、体型もコンプレックスになっていったんです。
そしてその頃から「自分は誰よりも醜いんだ」と思い始めました。
ほとんど喋らず暗く塞ぎ込み、自分に自信なんて全くなかったです。
その頃から周りと比較する癖もついていったように思います。
中学生になって本当に信頼できる友達と出会ったことで少しはマシになりましたが、完璧に治ったのかというとそうではありません。
やはりトラウマとして自分の中に残っています。
だからこそSNSで“美しい人たち”を見れば見るほど苦しいと感じていたんじゃないかと思います。
ですが歳をとるにつれ「そのままの自分でいい」と自分自身を受け入れることができるようになりました。
それに時間が経つとあらゆるものが変化します。
- 顔のシワやシミ
- 変わりゆく体型
- 若い頃とは違う肌質
幸せになるためには全てを受け入れることが大事だと思います。
見えるものそのままを受け入れて完璧を求めない。
変化は常につきものですし、その変化を受け入れ不完全な自分を認めることが大事です。
私は完璧ではありません。
そしてこれからも完璧ではないでしょう。
でも今はそういう自分を私は受け入れているので、自分の中に好きなところもいっぱいあるし幸せだなと思えています。
完璧ではなく十分であることに気づく
完璧である必要はありません。
特に今の世の中は頑張ることを強く求める傾向にあるので、幸せを感じにくくなっている人が多いように思えます。
- 常に自分を向上させるための方法
- 自分を高めるためのルーティーン
- 人生の成功
- 人より優れた賢さ
- 失敗に負けない強さ
確かにこれらは大事かもしれませんが「これで十分だ」と感じられることが大事。
人生を自ら難しくする必要はありません。
完璧を求めることも必要ではないんです。
完璧なものは存在しないし、人も人生も何もかも完璧ではないのですから。
人生という旅にはいい時も悪い時もあります。
それらを受け入れればあなたは幸せになれると思います。
幸せはすぐそばにあります
高価なものや承認を追い求めなくても、実はすぐそばにたくさんの幸せがあります。
- 健康な体
- 変わらない毎日
- いつもの友人たち
- 支えてくれる家族
そんな「ごく普通のこと」にこそ、幸せは存在すると思います。
今回このように考えるきっかけとなったのが「足の怪我」と「風邪で寝込んだこと」でした。
こうやって自分に不調があると特にそう思いませんか?
今の世の中は簡単に自分と他人を比較できてしまいます。
他の人が持っているからといって、あなたにもそれが必要というわけではありません。
それにあなたがどんなものを持っているかなんて、大して他人は気にしていません。
特に遠い場所に住んでいる人だったら尚更!
あなたが何を持っているかなんて気にするはずがないですよね。
私も買い物をして幸せだなと思うことはあります。
ただ「あの人が持っているから」「他人から認められたいから」という理由で行動するのはやめようという話です。
誰かのためではなく、自分のために選ぶ。
そして今あるものに目を向けて感謝の気持ちを持つ。
それが私が思う「幸せの形」です。
あなたにとっての幸せとは?
あなたは幸せについてどう思いますか?
あなたにとっての「自由」や「幸せ」とは、どんなものですか?
良かったらコメントで教えてください。
今回の内容があなたの役に立ったり、何かのきっかけにつながれば嬉しいです。



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